ラルタンについて


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熊谷は源平一の谷の戦いで名高い、熊谷次郎直実の領地で、江戸時代には中仙道の宿場町として発展したところです。

五家宝は江戸時代末期にかなり知られていたようです。

郷土色豊かなこの菓子は武州忍領主松平下總守や加賀の前田家などにより賞揚され、江戸の謳歌師、太田蜀山人や尾崎紅葉の文にも「五箇棒」「五荷棒」などの名で記されております。
当時、直径一寸、長さ三寸程の丸棒状の干菓子を一荷棒と称し、その五倍大のものが五荷棒といわれておりました。

いづれに致しましても熊谷は石原米と称する良質の米がとれ、田んぼの畦には大豆が多く作られ、更に水アメの原料である大麦の生産も多いため、豊富な原料を用いて、この地方独特の製菓技術が江戸時代後期に創案された物と思われます。

この菓子の原料が五穀を用いることから、「五穀は家の宝」で五穀豊饒を祈念して「五家宝」と名付けられ、時代と共に変化発展し、熊谷名物として直実、うちわ祭り、熊谷堤の桜などと共に全国に其の名を知られ今尚、好評を頂いております。